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わたしのブログ

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続きです。

気になるので、また、北村へ行ってみた。病人が相当悪いそうだ。その上にこの家を出なければならなくなったようだ。どういうわけかは知らないが、困っていたので、「熊谷さんの二階があいているようなので明日聞いてみる。」というと「ぜひ頼む。」というので他の話もある。その晩は泊まった。皆が「サー寝ましよう。」というので私がズボンを脱ぐと、娘たちが「片山さん、ええの穿いているじゃない。」とからかって来た。奥さんまで「私のよりいいわ。」と言い出した。「よいものをもらってきた。」というと千鶴ちゃんは少し変な顔をして「いいね。」といったが私の側に着て寝た。女性とは微妙なものだ。

 朝になり食事のとき「片山さん、こんなものでも食べて」とコーリャン入りのご飯を出してくれた。経費を節約して先へ伸ばすつもりだと思い「結構だょ、悪いね。」とお礼を言った。早速熊谷さんのところへ行って事情を話してつれてきた。私が宗の家で二、三日仕事をしていると美代ちゃんが「病人が重体だ。」と知らせてきた。早速見に行った。

 結核なので他人は非常に嫌う、私も同じだ。家族は悲しんでいたが「苦しい。くるしい。」といいながら死んでいった。昭和二十一年一月末のことだった。台山屯の満人たちが火葬してくれ、無事に葬式を済ませた。家は満人たちに引き渡した。しばらくして、熊谷さんの美代ちゃんと、北村の美佐子かけんかしたそうでいられなくなり、また引っ越した。


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